時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

旧来のアメリカに戻れるか ―トランプが作った深い米国の分断―

f:id:Nobuhiko_Shima:20201210181503j:plain

 トランプ大統領は、戦後のアメリカ大統領の中で、極めて異色の人物だった。アメリカ・ファーストアメリカ第一主義)を唱え、国際社会で合意していた地球温暖化阻止のパリ協定やイラン核開発を巡る先進国の制裁合意、コロナ禍に立ち向かう世界保健機関(WHO)などを批判した。これまで欧米諸国が守ってきた国際的な枠組や国際主義・多国間主義にも否定的な姿勢を示した。さらに軍事同盟である北大西洋条約機構NATO)からの脱退までちらつかせた。今後は国際的取決めよりアメリカ第一主義に立ったディール(取引)で有利になるかどうかによって、賛成か反対かを決めると公言したのである。

 アメリカは戦後の民主主義諸国のリーダーとしてふるまい、自由貿易や人権、環境などの国際的価値観の守護神とみられてきた。しかし、トランプ大統領は、それらの価値観がアメリカ第一主義の思想に沿うものか、どうかを判断した上で今後のアメリカの行動を決めると宣言したわけだ。しかもトランプ大統領は、その政策決定に関し官僚や議会の役割を軽視し、大統領自らが発するツイッターによって世界に自らの考えを発信した。その内容は誇張に過ぎたり、宣伝であったりするケースも少なくなかった。独善的なツイッター発信が世界を混乱に陥れたり、アメリカ政治そのものを劣化させ世界に不信を広めた。

 ただ、その背景にあった原因は、トランプ大統領の個人的な政治体質だけにあったわけではない。アメリカ社会と世界の分断や閉塞感などの構造的問題も横たわっていた。グローバル化の進展や経済のIT化の進行によって、一部の人は恩恵を受けたが、取り残された層が多く、そのことによって格差や社会の分断を生んでいたのである。新しい波に乗れた人々や層は豊かになれたが、IT化とグローバル経済、歯止めのない自由貿易など社会の進行についてゆけない多くの人々は、豊かさの分け前にあずかれず不満を鬱積して社会不安の蓄積をため込んでいった。

 トランプ氏は州知事や上下両院の議員経験を積んだことがなく、不動産王といわれたビジネス経験からいきなり大統領職に就いた人物で、自らの方針は多い時には一日100件以上をツイッターに投稿し、都合の悪い報道は「フェイク(偽)ニュース」と切り捨ててきた。意に沿わない側近、閣僚は次々と辞めさせ、人種差別的な発信もあったが「米国を再び偉大にする」という訴えは雇用不安を抱く白人中間層や無党派層に人気を集めていたともいえる。

 一方、11月3日の次期大統領選挙でトランプ氏を破り、来年1月20日に就任する民主党ジョー・バイデン新大統領(78)は、29歳で上院議員となり、2009年から8年間にわたりオバマ政権下で副大統領職を務めるなど44年の国政経験を持つ重鎮議員だ。東部の炭鉱町に生まれ、苦学をしながら大学を卒業。当初は共和党支持者だった。共和党ニクソン元大統領を嫌い72年に民主党に移ったが共和党議員ともよく付き合う超党派の人物として知られる。最初の妻と娘を交通事故で亡くし、長男も脳腫瘍で死去するなど家族の悲劇に見舞われているが、政界では外交委員長、司法委員長、副大統領を務め「ミドル・クラスのジョー」として中間層の人気を集めてきた。いわば旧来のアメリカの価値観を重視する大統領に戻ったともいえる。

 ただ、今回の大統領選挙は120年ぶりとも言われる66%超の高い投票率の中で7989万票を得たバイデン氏が勝利したが、敗れたトランプ大統領も7382万票の支持を獲得する激戦だった。それだけアメリカ社会の分断は深刻だったといえる。バイデン次期大統領は「トランプ氏の再選を許すと民主主義国のリーダーとしての良きアメリカの性質を不可逆的に、そして根本的に変えてしまう」と懸念し、大統領選で勝利した時の第一声は「今後は品位を回復し民主主義を守る。分断ではなく民主党共和党と分けてみるのではなく、一つのアメリカ合衆国としてみる大統領になる」と国内融和に力を注ぐことを訴えた。

 しかし、今回の大激戦だった選挙の結果からみると、アメリカ社会の分断化状況は深刻であり、トランプ大統領を生んだアメリカの体質、構造変化の社会的基盤から、アメリカ社会そのものを変えてゆくことは容易ではないと指摘する声も多い。アメリカが一枚岩になれないこの時期に、中国が東アジアやインド・太平洋に着々と支配力を強めている現状は、やはり世界が転換期に差し掛かっていることを示しているとみるべきなのだろう。
TSR情報 2020年12月1日】


■参考情報
・米最高裁、大統領選への異議認めず トランプ陣営、さらに窮地 12月9日時事
 トランプ米大統領を支持する共和党議員らが大統領選後、東部ペンシルベニア州で敗北確定の差し止めを求めた裁判で、連邦最高裁は8日、訴えを退ける決定を下した。トランプ陣営による一連の訴訟で、連邦最高裁による判断は初。
 https://www.jiji.com/jc/article?k=2020120900353&g=int

・米ミズーリなど17州、大統領選巡るテキサス州の提訴に追随 12月10日ロイター
 米テキサス州のパクストン司法長官(共和)が大統領選の手続きに不当な変更を加えたとして激戦4州を連邦最高裁に提訴した裁判に、他17州が9日、追随する方針を表明した。各州とも共和党関係者が原告で、17州中14州の州知事共和党員。 
 https://jp.reuters.com/article/usa-election-trump-idJPKBN28J24X

画像:2019年4月27日米国訪問(首相官邸ホームページより) 

 Facebook

 嶌信彦メールマガジン

 嶌信彦メールマガジン

書籍情報
日本人の覚悟

日本人の覚悟―成熟経済を超える

(実業之日本社)
【著】嶌 信彦


日本の「世界商品」力

日本の『世界商品』力

(集英社新書)
【著】嶌 信彦

     
首脳外交

首脳外交-先進国サミットの裏面史

(文春新書)
【著】嶌 信彦


 
嶌信彦の一筆入魂

嶌信彦の一筆入魂

(財界研究所)
【著】嶌 信彦


ニュースキャスターたちの24時間

ニュースキャスターたちの24時間

(講談社)
【著】嶌 信彦
       

 日本ウズベキスタン協会