ミャンマーでの政変に悩む日本 ~400社以上の企業が進出~
ミャンマーの国軍は、アウンサンスーチー氏(75)が率いる与党・国民民主連盟(NLD)に対してクーデターを実行し、全土に1年間の非常事態宣言を発令した。スーチー女史やウィンミン大統領ら複数の政権幹部を拘束し、国軍のミンアウンフライン最高司令官(64)が国家権限を掌握した。ミャンマーでは、2011年に民政移管されていたが、10年足らずで再び軍政が復活したことになる。ミャンマー全土で軍政に反発する大デモが相次いで頻発、数百人(※)以上が死亡しており、これまでに国際社会からも強い批判が出ている。
ミャンマーでは昨年11月の総選挙でスーチー氏の率いるNLDが改選議席の8割を占める396議席を獲得し圧勝。最大与党の国軍系・連邦団結発展党(USDP)は33議席しか取れなかった。しかし国軍は、選挙に不正があったと主張し、暫定大統領に軍出身のミンスエ副大統領を指名。そのミンスエ氏は立法、行政、司法の全権限を国軍の最高司令官に移譲したのだ。しかし日本を含む海外の選挙監視団は「選挙は公正に実施された」との見解を示し、選管も不正との言い分に応じていない。
ミャンマーの政治は、軍政との戦いの歴史だった。スーチー氏は1945年に“建国の父”といわれたアウンサン氏の長女として生まれた。1948年イギリスから独立したが、62年クーデターで軍が政治を支配するようになる。88年に大規模な民主化運動が起きた時、スーチー氏はNLDを結成して「この運動は第二の独立闘争だ」と演説し、熱狂的支持を受けて民主化闘争の先頭に立つ。影響力を恐れた軍部は89年にスーチー氏を自宅軟禁とし、以後拘束と自宅軟禁を断続的に15年間にわたって行なってきた。
この間も、スーチー氏は民主化運動を続け91年にノーベル平和賞を受賞した。2010年に3度目の自宅軟禁から解放されようやく2011年に民政移管が完了する。その後2度の総選挙でNLDが勝利したが、国軍は今年2月、再び民主化勢力の弾圧に乗り出しミャンマーは揺れ始めたのだ。
ミャンマーは、人口5500万人。東南アジアで最も広い面積を持ち、豊かな鉱物資源と農業国として知られた国だ。しかも地政学的には中国とインドに挟まれ、中国の“一帯一路”構想と日本、アメリカ、オーストラリア、インドが進めようとしている「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想が交わる要衝の地でもある。このためアメリカ、中国をはじめインド、日本、ASEAN各国などが重大な関心を寄せている。
アメリカのバイデン新政権は全ての拘束者の釈放を求め、「民主主義と自由、平和を求めるミャンマー国民に味方する」と表明し、ミャンマー国軍が拘束者を解放するなど事態をあらためなければ制裁などの対抗措置を取ることを示唆している。一方、中国はNLDと国軍双方につながりを持ち、インド洋の出入口として重要な位置を占めるミャンマーの行方に関心をもつものの、現時点では「各方面が適切に対立点を処理し政治と社会の安定を維持するように望む」という中途半端なコメントを出しただけで対応に苦慮しているのが実態のようだ。いずれ国軍とNLDの調停役として出てくる可能性も強い。
最も悩んでいるのがASEAN各国で、タイ、カンボジア、フィリピンなどは「内政問題なのでコメントしない」方針を宣言。シンガポール、マレーシア、インドネシアなどは「懸念」を表明し、不干渉と平和維持を唱えている。オーストラリアとインドは国軍の動きに懸念を示し法の支配と民主化プロセスを擁護すべきだと訴えている。
先進国の中では最も近い関係にある日本はNLD、国軍両方にパイプを持ち、先進国では最大の援助国だ。特に民主化に動きを強めた2011年から本格的に援助を行ない始め、5000億円の延滞債務を棒引きし16年には5年間で8000億円の支援を約束している。日本はアメリカのように自由、民主主義、人権といった援助哲学の軸よりも、ASEAN各国が中国側につかないように目配りしているといった傾向が強い。日本は第二次大戦中にアジア各国に進駐し、植民地化した経験を持っていたため、当初はその償いの意味も強かった。しかしいまやアジア各国は新興国として急成長し、日本にとっては重要な市場、貿易相手国となっている。日本はいまやミャンマーに400社以上の企業が進出しているのだ。このため、ASEAN各国は、日本がミャンマーの国軍とNLDに対しどんな方針で臨むのか重大な関心を持って見守っているわけだ。
日本は、アメリカと中国の出方を見ながらミャンマーにどんな姿勢で臨むか頭を痛めているが、米中の間に立っているだけでなくミャンマーのもう一つの大きな課題である約80万人のロヒンギャ難民にどう対応するか、についても姿勢を問われつつある。ミャンマーでは少数派イスラム教徒であるロヒンギャへの対応を誤ると国際社会から批判を浴びることになるからだ。
ミンアウンフライン最高司令官は、最近、国軍をバックに大統領職に野心をみせているともいわれ、ミャンマーはこのところASEAN動乱の台風の目になりつつある。日本はアメリカ、中国、ASEANなどの綱引きの中にあるミャンマーに対しどんな位置づけを示そうとするのか――ASEANの存在感が急速に大きくなっている折だけに日本の選択肢も日毎に厄介になりつつある。
(※)4月11日付で市民の死者は700人以上
【TSR情報 2021年4月1日】
■参考情報
・ミャンマー日本商工会議所が声明文発表 JETROビジネス短信 3月18日
ミャンマー市民による抗議活動に対する国軍・警察の暴力行使によって多数の死傷者が発生している現状の中、進出日系企業約430社で構成するミャンマー日本商工会議所(JCCM)は3月15日、公式ホームページで声明文を発表した。
https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/03/a05ef0a84a3f9f22.html
・「制裁、今後検討」日本政府の回答に在日ミャンマー人「絶望」 毎日新聞 4月3日
政府は2日、在日ミャンマー人でつくる団体などが提出していたミャンマーへの対応を巡る公開質問状に対し「制裁を含む今後の対応については事態の推移や関係国の対応を注視し、何が効果的かという観点から検討する」などと回答した。
https://mainichi.jp/articles/20210402/k00/00m/010/340000c