時代を読む

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置き去りにされる重厚長大 ―時代を先取りする新産業を探せ―

フリント市のラザフォード市長より名誉市民として鍵を授与される

フリント市のラザフォード市長より名誉市民として鍵を授与される

 新たなブラックマンデー(暗黒の月曜日)――。オハイオ州ローズタウン市の地元紙は11月末にGMゼネラルモーターズ)の工場の閉鎖をこう報じた。

 昨年から3000人が解雇され、今回さらに1500人の雇用が2019年3月になくなるという。生産縮小に伴う整理でこれまでも外部委託が進み、かつてGM労働者が生産していた座席やバンパーは、現在関連会社で半分の賃金で生産されるようになったのだ。トランプ氏が大統領選の前に選挙運動でやってきた時、「オハイオを去った仕事はまた戻ってくる。引っ越すなよ、家を売るなよ」と呼びかけ労働者を熱狂させたという。しかし解雇は続き、工場全体が生産停止になろうとしている。

■錆びた街オハイオ
 オハイオ州は中西部の製造業の州として生き残ってきた。だがいまや、かつては黄金期を極めた中西部の“重厚長大”の製造業の街が次々と“錆びた街”に変貌し、ラストベルト(最後の地帯の街)といわれる状態になってきているのだ。

 中西部の前に衰退した地域は、ミシガン州デトロイトピッツバーグなどを中心とする東海岸の工場地帯だ。自動車の街、鉄の都といわれ、1970年代までは、それこそアメリカの繁栄を象徴する地域だった。金曜の夜になるとニューヨークへ飛行機で飛びレストランでおいしいご馳走を食べ、ミュージカルを見て日曜の夜に帰宅するというのが当時の中流階級のライフスタイルだったという。

■全盛期のフリント市は
 しかし70年代半ばに入ると日本の鉄鋼、自動車との競争に敗北し、街は徐々に寂れていった。私がワシントン特派員としてアメリカを取材していた80年初頭は日米自動車摩擦が最も激しい時期で、私もよく現地取材に出かけたものだ。今でも忘れられないのはGMの発祥地であるミシガン州フリント市に出かけた時のことだ。“フリント・オブ・ミシガン”といえば今の日本の豊田市のような存在でアメリカ中にその名が知れ渡り、大統領選挙時などではまずこの地で第一声を上げていた。

 だが80年代初頭のフリント市は4ヵ~5ヵ所にあったGM工場の多くが閉鎖され、街には人影も少なかった。自動車工たちは「もうこの街では食べていけない」と言い、景気のよかった西海岸やフロリダの方へ転居して行った。その際も家を買ってくれる人はほとんどいなかったため、捨てていく人が多かったほどだ。当時のラザフォード市長と面会した時、「もはや車では食べていけない。日本の元気の良い企業を街に招きたいので紹介して欲しい」と依頼された。市長や有識者、労組などのチーム10人ほどが日本の各地を廻って誘致を呼びかけるので東京・大阪・名古屋などで講演会をする際、聴衆を集めて欲しいというのだ。放っておくわけにもいかず、新聞に報じたり東京の山中貞則通産相(当時)に電話し準備してもらったほか、各TV局のワイドショー担当者に訪問時に取り上げてくれるよう依頼したりした。

 その結果、ワイドショーの相乗効果もあってか各会場は満員となり、講演会は大成功。その後アメリカ進出を決断する企業も現れたりして、市長からは随分と感謝されてフリント市の名誉市民に推挙されたりした。

■いまや、IT、5G産業の時代
 アメリカは、その後景気回復を果たし元気を取り戻すことになるが、2000年代以降その中心的役割を果たしてきたのはアップル、マイクロソフト、グーグル、フェイスブックなどのIT産業だった。オハイオ、ミシガンなどの中西部の旧産業は一時的に盛り返しても歴史的役割を終えたのか、結局第二のブラックマンデーを迎えるハメになっているといえるだろう。

 こうした産業の歴史の興亡はアメリカに限らず日本も同じだ。日本では未だに自動車、鉄鋼、電機など往年のビッグ企業の返り咲きを期待しているが、明らかに時代はIT・5Gなどの産業へ移りつつあるとみるべきだろう。国として旧い産業のまま固執していると時代においてゆかれるのではなかろうか。
TSR情報 2018年12月27日】

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